わが北鎌尾根、剱岳よ おちこちの山   楽山社

第2部 劔岳鑽仰(サンギョウ)
(E872)

   人と山
    −−剱岳初登の感慨
                        陳  喬喬

  仁者は山を愛し、智者は水を愛す(中国古代名言)

 私は幼時より山が好きで、随分たくさんのいろいろな山を看てき
ました。延安は荒涼とした黄土の山、東北(旧満州)はきびしい
(厳峻)石頭の山、北京の”古老”は荘重なる山、雲南は四季を通
じて青い山、広東は秀麗、深緑の山、江南(揚子江の南)は玲瓏と
して青翠の山・・・・そして画家である父(張■北京中央工芸美術大学
              (イ(ニンベン)に丁、読み:テイ、unicode:4EC3、他無)
元学長)が描いた千姿百態、個性さまざまな雄偉なる山!
 けれども生涯にただ一度、私がほんとうに登山したのは日本にお
いてでした。私は、日本の山と人を、正しく認識できたと思ってい
ます。そして日本で登山することによって、私のいろいろな見方、
観点を修正することができたのです。登山という今回の勉強で、私
は長く忘れ得ぬ、深い人生教育を身をもって体験しました。
 山は人を養い、鍛える。人は山を養い、保護する。

 一九八五年八月から九月はじめにかけて、剱岳へ行きました。
その時期はちょうど来日して二年目で、ねぎ色の山は美しく、勤勉
で礼節のある日本人というのが表面的な印象でした。山にいき、こ
の理解はさらに豊かになりました。
 一人の中国人として、中華民族の不幸と災難は、最初に日本に到
着した際、私に警戒心を抱かせました。登山の日日、私は幾多の問
題を考えざるを得ませんでした。そして日本についての新たな認識
をもち、日本人に対する見方を改めました。日本で生活することに
よって得た基本的認識は、日本人はなかなか偉い民族で、頑強、ね
ばり強く、忠勇、善良であるということ。
 さて剱岳は日本の数ある山の中でも有名で、北アルプスに屹立す
る英武の勇士の姿をしています。とても荘厳、神聖で美しいという
のが登山者たちの自慢でした。
 私はといえば、九人の登山隊の友情を長く忘れることはできませ
ん。共に山に在った五、六日中、無私かつ危険を怖れぬ援助と支持
があり、幽黙と歓笑、そして真誠な友情が登山隊の行列を満たして
いました。これら一切の描写するには、たくさんの頁が必要です。
 つぎの四部にわけ、その一部を書きましょう。
 (一)攀登 (二)避難小屋の夜 (三)迷路 (四)雪渓

 (一)攀 登

 剱岳の絶壁、巨岩をよじのぼる時、坪山さん、篠宮さんのお二人
が、困難をきわめた険境を脱出し、登頂するため、いろいろと応援
をしてくださったことを忘れることはできません。
 第三日目のすがすがしい朝、剱岳頂上に接近した一段階で、意外
にきびしい困難に出くわしたのです。巨大な岩石が重畳として、ほ
ぼ垂直の絶壁。それと判る道がありません。経験のある登山家なら、
先人が通った判然としない凹痕の手掛り、足掛りを識別することも
可能でしょうが。
 あちこちに鉄グサリがついていました。その鉄鎖をつかみ体の平
衡を整えるのは、たやすくはなく、ちょっとまちがえば遭難です。
 私たち三人は、つながって一歩一歩よじ登り、ときどき大変な努
力が必要でした。私の心と体は高い緊張状態にあり、ほどなく私の
手は震え、麻痺してきました。文化大革命の時に骨折した左腿に疼
痛が走り、非常に重く感ずると同時に、ふるえが来てふにゃふにゃ
と力が入らず、特大の岩を跨ぎあがることもできません。
 思わずふり返ると、脚下は万丈の深渕、雲霧が舞い巡り、下の方
で飛ぶ鳥のさえずりがきこえました。私はすぐ悟りました。三人の
生命は一つにつながれています。一人が転落すれば、あとの二人も
必ず道連れになると。
 ご両人だけならば二十年来、経験のあるルートで、安全に早く登
頂することができるのでしょう。なのに初登山で、かつて左腿に重
傷を負っている外国人につき合って、生命の危険を度外視してくだ
さっているのです。一人が前に一人が後に、もっとも危険なところ
で支えてくれています。
 私は石壁と対面し、トカゲのように両手足で、岩石上に貼りつい
ていました。岩の凹凸のために、上にいる坪山さんも、下にいる篠
宮さんも見ることができません。が、かれらの喘ぎが伝わってきま
した。
 上から坪山さんが、指で掴む岩の突出部分、別の掌で押える岩溝
を、つぎつぎに指示してくれました。いつも危険を押して私の動き
を観察し、「がんばって! もうすぐ頂上ですよ!」と励ましてく
れるのでした。
 私の腿は疼き、脚は萎えて力が入りません。岩のミゾに足を差し
込んで上がろうとしても力が入りません。
 その時、すぐに私の足を支える手があることを感じました。おだ
やかに足を支え、岩ミゾに持ち上げ、入れてくれました。
 「チャオさん、ガンバレ! 頂上にきっと登れるよ、問題じゃな
い!」と篠宮さんの声もきこえました。私の足は彼の頭の上にあり、
かれは私の足を支えているのですから、一番危険なことだったので
す。
 私は深く感動し、涙ぐんでいました。歯をくいしばって、懸命に
よじ登りました。
 私は、自らに言いきかせました。前へ進むのみ、後退はできない。
成功あるのみ、失敗は許されない!と
 お二人の友情は、巨大な力と勇気をあたえてくれました。私は確
信に充ち、上へむかって攀じ登り、よじ登りました。
 ついに登頂すると、先に登っていた仲間が歓呼をもって心から祝
賀してくれました。私の心中は幸福と温かさで充たされました。
 起伏に富んだ遠い山山を眺めます。脚下の群峯の間に淡灰色の雲
霧が飄浮し、涼爽の山風が体の汗温を吹払っていきました。私はこ
こで死んでもいささかも悔いなしと思いました。私は充ち足りまし
た!
 八人の日本人の友は自らを語らず、私の登頂成功を最大級の讃辞
で祝ってくれました。
 ありがとう、私の登山の先生で人生の朋友、命の恩人たちよ。
(私は北京で、この感動を今は亡き母、そして父や弟たち、多くの友に伝
えたのです)
                       <中国語教師>
           (第一話終わり・一九九〇・三・一八夜)